映画「マイバックページ」を見たのに、書くのを忘れていたので、書きとめておこう。
1988年に、川本三郎氏の回想記「マイバックページ」が本屋に並んだ時に、私はすぐに買って一晩で読破した。
読んで、そういうことだったのか。ちょっときれいごとじゃないのか。社会部の記者もかかわっていて、逃げた感じじゃないか。などと思ったことを覚えている。
今回、映画を見たが、事件の部分が中心。あの60年代末期から70年代初頭の時代的空気を知るには、本もあわせて読まれた方がいい。
まだ本が出るずっと前、入社して3,4年目のころだろうか、ある先輩から、この川本記者の逮捕の話を聞いた。その先輩は、「○○しておけば、川本氏も逮捕されなかったのに・・・」と語っていたことを覚えている。その「○○しておけば」が気になって、本が出たらすぐに購入して読破したわけだ。
そして、今回の映画。「○○」は、たくさんあるなあと思った。これじゃ、当事者になりすぎている。騙された部分が多いが、宮澤賢治や
「CCR」のくだりにシンパシーを覚えたということを、告白している。
ただ、その先輩は「川本氏は、実力があった。だから、会社をやめて、その実力は開花した」とも言っていたことを思い出す。
昔は、
朝日新聞社は有楽町にあった。毎日もあったので、新聞街の様相を呈していたらしい。残念ながら、私が入社したときは、すでに築地に移転していた。ただ、新聞社の雰囲気は、あんなもので、かわらない。酒と煙草は、どこの部署にもあったし、いつも酒飲んでいた。怒鳴り合いは日常的、殴り合いもあった。私はなぜか、そういう自由で人間的な空気が好きだったし、今振り返っても好きだ。
週刊朝日、朝日ジャーナルの出版局の記者と、社会部の記者との駆け引きも描かれている。その社内組織的な格差や差別があったのも事実だ。でも、今は出版部門は、分社されている。
最後に主人公が、一杯飲み屋で、ビールを飲みながら、泣く。
あの涙には、いろんな意味があると感じた。
一杯飲み屋の兄ちゃんも、未だに妻夫木が記者だったと知らない。取材するためにテキヤ集団に紛れ込んだとはしらない。結局、未だに、騙されている。
記者がルポを書くために、取材相手をだまし続けている。
しかし、その記者は、懲戒解雇されているのだ。
記者は、ルポを書くために、取材対象者を利用しているのではないか。
記者は、スクープを取るために、取材対象者に取り入り、利用しているだけではないのか。
という疑問が、一気に湧き出たのではないかと思わざるを得ない。
そして、最後に、一杯飲み屋の兄ちゃんが聞く。
「なんか、マスコミ関係に行きたいって言っていたけど、実現できたのかい?」
主人公は、「いや、結局、実現できなかった」と笑い、そして、嗚咽するのである。
ラストは、やはり、心に訴えるものがある。
この映画は、けっこう難しい映画である。時代背景がわからないとなかなか理解しがたい。記者というものの性質も、実際に取材経験をしてみないと分からない部分がある。
でも、若者や学生が、世の中を変えようとしていた時代の空気は、現代のうっ屈した時代を生きる学生にもなんとなくわかるのではないかなと思う。当時は、「何かをする」ことは、ジャーナリストになることに他ならなかった、という一節もうなづける。
CCR(Creedence Clearwater Revival)の Have you ever seen the rain?で歌っている「雨」がナパーム弾を意味していると言われていたことは、初めて知った。
学生運動も、ベトナム戦争に対する反戦と大きく関係していたことは事実だ。しかし、方法論や考え方が、大衆から大きくかい離して行ったことも事実だ。
京大の滝田修を演じた山内圭哉が、いい味出していた。
この時代の人たちは、ある意味、幸せだったのかもしれない。
内ゲバの時代に大学時代を迎えた我々、遅れてきた時代の人間は、しらけるしかなかった。
しかし、まだ、当時の学生運動をしていた人たちは、すべてを総括していないのではないか。
新しい概念を打ち出していないのではないかと思うのである。